本気で海外で通用する人間になりたいのなら、イリーガルな物には手を出すな

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今日の写真:タイバンコク、カオサンロードから25分くらい歩いたところのホステル街
多くの外国人が、ここに長期滞在しているが地元の人も多い。

 

みなさんこんにちは、くどうみきこです。

このブログと共に始めた「10000か所を周るプロジェクト」。
なぜ、こういうことを考え実現しようとしているかというと、ただ「海外を放浪したい」「海外に行きたい」「自由な生活を送りたい」という単純な理由ではなく
今後目まぐるしく変わっていく世界情勢の中で、そして日本のためにも

「私は、この世界で何をしたら国際社会に貢献できるのか」「どうしたら、もっと私たちを長年支えてくれている地球のために活動できるのか」

という立ち位置をぶれずに保ち、そのミッションに向けて「今後、自分の残りの人生をかけて」
自分の一生涯のライフワーク、そしてビジネスとして
社会に還元し、日本人、外国人といった枠を超えて多くの人々と「笑顔のある社会」を共有したいのです。
そのためにもー今後、日本国内の色々なか所を周るとともに、積極的に海外にも出ていこうと考えています。

今日は、「10000か所を周るプロジェクト」としてまず皆さんにお伝えしたいこと。

本気で海外で通用する人間になりたいのなら、イリーガルな物には手を出すな

ということです。

??この人何言ってるの?
と、ストレンジに思う人もいるかもしれませんが
実際に私が体験をした、あるお話をしたいと思います。

 

2010年、初めてタイ・バンコクに行った時のこと。
東京では前日雪が降り、明け方出発するときはまだ雪が残っていました。
バンコクは真逆で30度あると聞いていたので、小さく丸められる冬物のジャケットを着こんで朝9時半のフライトに乗りました。
途中、ベトナムで経由だったためバンコクに着いたのは夜の7時。

実は、この「買い付けの旅」ではほとんど資料も何も持ち合わせていませんでした。

タイへ行くのは初めてだったのですが、それまでの仕事の経験で色々な国に色々なネットワークを持っていた私は、当時東京で知り合い長年の付き合いがあり、その後バンコクへ移住した「大変信頼できる知人」がおり、

「大丈夫、バンコクの問屋街は簡単だからマップもすべて用意しておくし、君が来たら一緒に同行する時間も用意している。ホテルも用意した。安心してバンコクに来てください」

さすがにホテルは自分で用意するよ・・・という私の言葉にもかかわらず
「Please do not worry anything, we have under control. (心配しないで、すべて手配済みです)」
という彼の言葉を信用して、うかつにも私は用意したマップも成田空港に忘れてくる、というありさまでした。

バンコク・スワンナプーム空港に着いた時の、氷点下から30度の「くらくらするような違い」
日本とは2時間の時差だから、体内時計は夜の9時。
これで知人が来れば、初日の夜として全く問題なし。
知人は大学の仕事があるので、息子が私の迎えに来るはずでした。

待つこと30分。
来ない・・

待つこと1時間。
来ない・・・

早朝からの疲れが体に出始めているのに鞭打って、空港内を全て探しましたが、いない。

アナウンスを依頼してみる。
1回、2回、そして3回目、ノーレスポンス。

知人は「講義中は電話もらっても出られないけど、僕から息子に必ず遅れないように伝えた」というメールだけが入っていました。

待つこと1時間半。
来ない、というか来る気配がない。

どうしよう。
わたしはここでひとりぼっち。

今までの旅は、すべて入念に準備をしてきたのに
今回は、知人の言葉を安易に信用してしまい何も準備していない。
しかもー成田空港でバンコクの地図を忘れてしまったのでここがどこなのか、地名すらわからない。

その時に、バンコクへ来る直前に会った知人が
「バンコクっていうと、カオサンロードが一番賑わってますよね。観光地で人もたくさんいるし」

という言葉を思い出しました。

「カオサンロードに行こう」

待つこと2時間、
確信した、息子は来ない。

その後、お金を両替するためにトロピカルジュースを買って一気に飲んで、
観光案内所へ訪れました。

「カオサンロードのホテルは、1泊7000バーツ(約7500円)からです」

おかしい。物価の安いタイで東京と値段が同じなんて。

ということを伝え、もっと安いホテルを紹介してほしいと言ったら、「じゃぁ自分で探しに行け」。

OK、そうします。私は旅費で無駄なお金を費やすのは大嫌いだし、そんなファンシーなホテルはいらない。
とは言ったものの、タクシー乗り場はどこ?

観光案内所のおばちゃんは丁寧にタクシー売り場を教えてくれて、ドライバーに伝えた。
その時、すでに夜の10時。

「友達と待ち合わせしてホテルに泊まるはずだったんだけど、友達が来なくて困っています。
私はバンコクへ来るのは初めてで、何もわかりません。
タクシー代3倍お支払いしますので、カオサンロードという場所で安全でいいホテルを見つけてくれませんか?」

ということを素直にタクシー運転手に伝え、幸いにもその運転手はとてもいい人で私のことを心配してくれ、
メインロードにある、欧米人向けのホテルを探してくれました。

この間、かかったタクシー代は450バーツ(約1500円くらい)、ホテル代は1000バーツ(約3000円)。
そらみろ、観光案内所のおばちゃんの言うとおりにならなくても予算抑えられたじゃん。
(女ひとりで自営をするということは、こういうことなんだ・・・とその時妙に納得したりして)

とにかく、疲れた。
友達は来なくても、ここにはネットもあるし
(必要な情報はすべてfacebookに収め、どこにいても見られるようにしていたので)
今日は寝よう。明日、ここにステイしている外国人にも情報聴きながら自分で仕入れに回ろう。

そんなことを思った矢先、「その息子から」電話が鳴りました。

「Sorry」

それしか言わない息子に、「何やってるの?あなた今どこにいるの?私は自分でホテルを見つけてここに滞在するから、もう来なくていい」

「いや、今dadと一緒なんだ。dadが今すぐ謝罪も含めて君の場所に行くと言ってる。どこにステイしてるの?」

仕方がないので彼に場所を教えた15分後、彼らは現れました。

うつむくだけで、何も言わない知人。

そして、どうみても「挙動不審な」息子の態度。

真夏の気温だというのに、その息子は長袖を着込み、
がりがりに痩せて、鼻を赤くし
ちょっと垣間見える袖口からは、蕁麻疹のような症状がたくさんでていました。

東京にいた時、知人も彼の息子も元気で働いていたのに

バンコクへ移住後、その息子はDrugholic (麻薬中毒者)になり
すでに禁断症状がでていました。

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そこで、全てが決まりました。

バンコクにいる1週間の間、仕事の時に通訳が必要な2日間だけ知人の助けを借りましたが、一人で動こう。

半ばからは、大きな荷物も一人で抱えていきました。

 

あるマーケットで、「あなた、そんな大きい荷物抱えてどうしたの?」

と、声をかけてくれ私を助けてくれたのが、その後バンコクでの私の最大のビジネスパートナーとなり、今もその関係が続いているDaoというニットデザイナーのタイ人と、そのご家族でした。

ちょっと話が長くなってきたので、今日はこの辺にしておきますが

海外に出ると、ついつい羽目を外してしまう人ってけっこういますよね。

バケーションなら結構、自分で責任をとれる範囲であればですが・・

アメリカでもそうですが、海外から移住してきた人たち(黒人、ヒスパニック系の人たちなど)、全ての人が絶対とは言いませんが

真剣にその国で働き、永住しようと思っている人たちは絶対に「イリーガルな物」には手を出しません。

イリーガルな物=麻薬、マリファナ、たばこ、多量のアルコールです。

マリファナに関しては色々な考え方はありますが、全世界ほとんどの地域で「違法は違法」です。

また、タバコやアルコールに関しても、移住してきた人たちは「その国で万が一トラブルを起こし、強制送還などにならないように」かなり気を使っています。

現地に住んでいる白人の方が、かなりルーズだったりするのです。

みなさん、そんなこと当たり前じゃない・・・っていう人が大多数だと思いますが

本気で海外で生きていきたいのなら、イリーガルな物には手を出さないこと。

これ、基本です。

 

「日本のために、世界のために何ができるか」
10000か所を周るプロジェクト

くどう みきこ

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